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初  冬            ニシオジロビタキ

何度か撮影したいと思っていた鳥お誘いいただき関係者各位に感謝、また撮影場所を譲っていただきこれまた感謝まこと幸せな年末となる。


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京橋の瀧山町の 新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな   

春の雪 銀座の裏の三階の 煉瓦造に やはらかに降る    

よごれたる 煉瓦の壁に 降りて融け 降りては融くる 春の雪かな     「啄 木」

十二月の初め、久々に六本木銀座と出向いた。詳細は何れ又の機会に、ちょいと思い出した歌でもある。
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by hiro-0941 | 2016-12-12 19:35

  梅  雨

 車窓より見える田植えの終わったあたり一面の水田、カエルの鳴き声もだんだんと近づいてくる、田舎の田んぼの用水路わきには、立葵が色鮮やかに咲いている。車列は方向を変え霊園へと・・・・。先頃梅雨の晴れ間であった日に母の四十九日を終えた、享年八十八・・・・合掌・・・・・。
 少し蒸し暑い霊園の中線香が漂い読経が流れ、静かに納骨が終わった。近年の霊園と云うのは大変な様変わり用には驚いた。あちらこちらにバラが咲きアジサイも見事に咲いている・・・・先ほど車窓より見たあの立葵もそこかかしこに凛と咲いている。
雨が降ることも無く若干日も差せば少し蒸し暑い穏やかな一日・母の生涯を振り返りつつ、帰路に着いた。




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「五月雨の晴間や屋根を直す音」と子規の歌である

この季節この歌がぴったり。
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by hiro-0941 | 2016-06-27 12:52

渡り鳥たち

風強くある一日・・・桜激しく舞う街中何か風情があるような・・・・桜が咲き散りゆく花がまた美しい・・・街々を歩けば華吹雪を堪能できる。
日ごろお世話になる方に御礼も兼ねてご挨拶が、かえってコーヒーをごちそうになる。恐縮・一時間ほどの大変有意義な昼下がりを過ごすことが出来た。感謝に感謝!!

先頃珍しい鳥がいるよとなかなか近くでは見られないとお誘いを受け・当方水に浮かぶ鳥はあまり好きではないと、能書きをたれながらも行ってきた。鳥に詳しくない私にとってはかなりの珍鳥である。


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咲く花もをそろはいとはしおくてなる長き心になほしかずけり

心には忘るる日なく思へども人の言こそ繁き君にあれ


夏葛の絶えぬ使のよどめれば事しもあるごと思ひつるかも


                                            『 大伴坂上郎女 』
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by hiro-0941 | 2016-04-11 21:19

  早   春               ハクガン

もうそろそろ渡ってしまうのではと、取り急ぎ行ってきました。


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シマアカモズ
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燕来る時になりぬと雁がねは国偲ひつつ雲隠り鳴く

春まけてかく帰るとも秋風にもみたわむ山を越え来ずあらめや

                          「大伴家持」
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by hiro-0941 | 2016-03-07 17:42

弥生三月        スズメ

本日より月が変わり、3月・・・暖かくなるとよい、またるる穏やかな春、若いころはこの春が待ちどうしいと実感として思ったことはないように思う。が、・・・。早い話が年老いて来たということ。しかし近年の異常気象を見るにつけ、この異常さが正常になるつつあるのではないかと思うのは、私だけではあるまい。何らかの形で身を守らねばならない気象状況である。夏冬にかかわらずお互い注意していきたいものよ。


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いたづらにこの一えだはなりぬなり残りの花を風に散らすな

のどかなるおりこそなけれ花を思ふ心のうちは風はふかねど

                          「和泉式部」
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by hiro-0941 | 2016-03-01 21:08

春近し           ルリビタキ

綺麗な鳥がいるよと、お誘いを受け久々にご一緒させていただいた。山裾はあいにくの霙(みぞれ)交じり、底冷えのする一日であった。


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雲の上はありし昔に変はらねど見し玉垂れのうちや恋しき

色みえでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける

 卯の花のさける垣根に時ならでわがごとぞなく鶯の声                                     
「小野小町」
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by hiro-0941 | 2016-02-29 20:39

初    冬                 シジュウカラ

十二月にしてはかなり寒い、ぶらりと立ち寄ったピラカンサのカワセミフィールドどこかでお会いした方が、偶然と云えば、驚き・・・・・いつもお世話になっている方がこんな遠方にまでとは・・・・。お昼ごろまでしばし雑談。暖かな日和であった。又の再会を期しお暇をする。
武蔵野の街並みをドライブしながら家に向かう、確か今宵は満月かな、初冬の満月を愛で親父殿と一杯やるか。

錦秋の武蔵野路

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 『 山深くひた入り見むと露じもに染みし紅葉を踏みつつぞ行く 』
 『 うつし身の稀らにかよふ秋やまに親しみて鳴く蟋蟀のこゑ 』    斎藤 茂吉
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by hiro-0941 | 2014-12-09 22:18

武蔵野路               ヤマガラ

武蔵野は錦秋色に染まっていました。昔お世話になった皆さんにお会いし、お変わりなき皆様に感謝。



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  『 武蔵野の萩わけゆけばわが袖に結ふとしらで結ふ露哉 』   

  『 むさしののしののをすすきかたよりになびけば残る有明の月 』  子規
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by hiro-0941 | 2014-12-08 17:18

山茶花梅雨            かわせみ

 毎年の事だが、冬になる前にお会いしたく・・・・。と・歌の文句ではないのだが、もう学生時代からになるかな四十年来のお付き合いの友人、北信の小さな宿の女将からの葉書が届いた、いつもと違った薄墨色の喪中のご挨拶、八月の末に八十六歳の大女将の母が亡くなりました、とあった。もう十七年にもなるかな毎年十月末から十一月に宿泊の予定をしていた、少し長くなったがお悔やみと共に来年の五月にとの約束の手紙を出した。この時期にこのような手紙を拝すれば、晩秋深き今宵・・・・人の成せる一生とは・・・・感慨無量なり

   『 しづけさは死ぬるばかりの水がながれて 』  山頭火

 

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このカワセミの写真は、十三・四年前のもの現在のように野鳥家のカメラマンがまだ少なかったころ、ネットの掲示板や、ホームページ・ブログなどがこんなに華やかではなかった頃、一時は有名な場所となり・・・・かなりカメラマンが多く公園管理者や散歩の方々に大変ご迷惑がかかった時があり、もう落ち着いたのか先頃のぞいたら数人のカメラマンの方々で、メンバーも入れ替わり悲しいかな私を知る人は誰人もおりませんでした・・・・、寂しいかな、しかし実に静かでよかったです。
 
少し前までは汗ばむような陽気であり道路(みちみち)の先々には金木犀が咲き香り、その香りもいつしか消え、めぐりくる季節が静かに進みつつあるのを感じる、その武蔵野の大地も今や晩秋深く金秋に染まりつつある。先日の天気予報では低気圧の通過により雨の予想・・・この時期に降る雨が私は大好きなので、もみじ葉が雨にぬれゆく、山茶花が散る山茶花時雨の風情を楽しもうと思い、武蔵野路を探してみたいと思いつつ、その秋を満喫したく古き武蔵野の面影が色濃く残る赤レンガのカフェ五日市街道沿いから奥多摩へとドライブをした。雨ではなかったが、街道はすでに錦秋に染まっていた。
    

   『 このみちやいくたりゆきしわれはけふゆく 』   山頭火
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by hiro-0941 | 2014-11-17 22:09

中秋の名月             コルリ

夕月・・・先日の中秋の名月は大きく立派であった、我が家の窓より時折雲の合間より除き見せる十五夜の月夜であったが、雲隠れとは残念であった、二、三年振りかで自宅から見たであろうか、この大きく見える月、マスコミなんぞはスーパームーンと言っているが、日本文学をこよなく愛する私には何か味気ないように聞こえる、この月の満ち欠けの表現は古来より、十三夜・十五夜・十六夜等々の呼び名がある。
 この美しい表現をスーパームーンと表現するのは聊か日本文化・文学が失われつつあるように思えてならない。この月そのものは、地球の軌道が寄り月に近づくことによっておこる現象であり、特にその昔は、大気そのものも空気が澄んできれいであり、高層建築物などもない、したがって夕刻地平線から、あるいはお城の向こうから昇り見える大きな満月は、何か事の重大な異常さを知らせるかのように見えたに違いない。
 しかして翌日、十六夜の夕刻六時か七時頃東の空低く赤く輝く十六夜の月が、もうすっかり忘れていた赤い夕月・・・・何年振りかいや何十年ぶりかもしれない、しばし足を止めて、ビルとビルの合間より見える光景に酔いしれ、・・・・何か知らないが年甲斐もなく胸がキュンと・・・・何だろうか解らない・・・・・、近し遠しの思い出の中の何かなのか、思うことはことのほか多く・・・・。


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 我が家に帰り着く頃は十六夜の月はもう屋根の上にまで上がっていた、私の家の小さな門扉を開ける音と同時くらいに、平素から何かにつけてお世話になっている、斜向かいの親爺殿のお上さんが台所の窓越しに、いつもの割烹着姿で私を呼びとめ『今晩は、珍しくお早いですね、家(うち)の人がよかったら一杯どうですかと、』ありがたく二つ返事で、簡単にシャワーを浴びて伺った・・・・。
 親爺殿いわく、いやいや昨日が中秋の名月だがとりあえずいっぱいどうですかと、さんまの刺身・サザエの壺焼き・サザエの刺身と肝のしょうゆ漬け・・・秋田の純米酒「北鹿」これが毎度のこと美味い、なんと贅沢なことか月夜の晩に思いもかけぬ御馳走を頂いた。もう今年で七十八になるはずだが相変わらずお元気な親爺殿は秋田角館の在所で、つれあいのお上さんは確か七十四か五になると思うが、千葉の富浦の在所である。
 ご夫婦には子供がいないためか、私たち一家がこの地に居を構えてから以来二十数年、家族ぐるみで犬と子ども達、ともどもにお世話になってきた。お上さんの実家が千葉の富浦というところで夏には子供たちが小さい時には何度も連れていってくださった。小さな漁港もあり海の幸には困らないその為、いまでもそうだが季節の魚の類は毎度の如くお裾わけで頂戴した。
 酔いも十分に回ってくるといつもの親爺殿の口癖が始まる・・・おれは秋田角館の出だがこのかけてある絵がかの有名な秋田県を代表する日本画家福田豊四郎の絵なんだ、無論本物だ、なんとか鑑定団に出しても恥ずかしくない、たぶん数百万はするだろうウガァハハハハァ・・・・、わしらが老人ホームに行くようになったら君の家に飾ってくれ、と、田舎の雪の農村風景のようだが、数百万はどうかはしらねどもいつかは調べてみようと思いつつもついぞ忘れていた。
 さんざんご馳走になり帰り際に、「いつかまた上さん達いない時に、くさやで一杯やろう」と。親爺殿は耳打ちしてきた。
 福田豊四郎の件文献によれば、「新しい日本画を創り出すため、さまざまな空間表現などの問題に積極的に取り組み、近代的で独創的な作品を生み出し、革新的でありながら郷土色豊かな豊四郎の作品は日本画界を牽引した。」と、
そして豊四郎は晩年「我が歌はふるさとの歌」と題する詩のようなものを書いている。その中には『ふるさとは、はるけし、ふるさとは樹々深き山、緑ひらく草野、雪つつむ冬野、囲炉裡けむたき家、年老いし父よ、母よ、幼なかりし夢、ふるさとは我が胸にあり、独り歌はめ。』の一節。この福田氏は終生我が郷土を愛したのである。

なにはともあれ、長々と書き連ねたが、くさやで一杯が待たれる。
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by hiro-0941 | 2014-09-14 21:49