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早春   クロジ

 出会いと別れのシーズン、毎年の事ながら甘酸っぱくも、ほろ苦くもあり、いにしえの遠き青春の思い出が・・・
 私の卒業写真の裏に、『遠くで祈ってるよ!!まっているよ!・・・・』  嗚呼!!惜別の青春・・・悲喜交々だ。

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『あしひきの 山桜花 日並べて かく咲きたらば いと恋ひめやも』

『もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし』

『花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に』

                                            (百人一首より)

 記録的な暖冬異変暖とは言えども、桜は通常の如く咲き満開だ。相変わらず遅い時間日付が変わってしまった。生憎桜の情景の写真がなくこれで失礼する・・・。
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by hiro-0941 | 2007-03-30 00:19

黄昏   カワガラス

 仕事からの帰りいつもの小料理屋へと、店の女将達とひょんなことから廓の話など、その昔、東京の門前仲町に住んだことがありその隣町には洲崎というそんなには大きくはないが、廓の町があった。私がいた頃は、とっくに廃止になっていたが、建物はその名残が其処彼処に残っていた。街中の写真として非常に興味があり撮影したはずだが、その写真も果たして何処・・・・帰りに暖簾をくぐれば向かいの赤提灯がエレジーの如く燈っていた。

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 『春の日脚の西に傾きて、遠くは日光、足尾、越後境の山々、・・・・・つい下の榎離れて唖々と飛び行く烏の声までも金色に聞こゆる時、雲二片蓬々然と赤城の背より浮かび出でたり。三階の婦人は、そぞろにその行方をうちまもりぬ。』
 不如帰の書き出しの一節、何処となく哀愁を帯びた雰囲気が私の青春時代のチクリとした胸の痛みがまざまざとよみがえってくる。
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by hiro-0941 | 2007-03-26 23:02

キレンジャク

 仕事上泊りがあったりこのところリズムが狂ったようだ。リクエストもありまたキレンジャクの写真だ。いつの間にか物凄い人出になってしまったとの事。
所用にて一日事務所在。生憎の雨、撮影には不向きなので個人的にはよかった。ただ、一日夜8時まで事務所に缶詰状態と言うのもいかがなものか。ストレスが逆に溜まってしまいそうだ。

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私の大好きな『国木田独歩』」日が無い一日文学の世界へ・・・。
『武蔵野にはけっして禿山はない。しかし大洋のうねりのように高低起伏している。それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪(くぼ)んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。この谷の底はたいがい水田である。畑はおもに高台にある、高台は林と畑とでさまざまの区劃をなしている。畑はすなわち野である。されば林とても数里にわたるものなく否(いな)、おそらく一里にわたるものもあるまい、畑とても一眸(いちぼう)数里に続くものはなく一座の林の周囲は畑、一頃(いっけい)の畑の三方は林、というような具合で、農家がその間に散在してさらにこれを分割している。すなわち野やら林やら、ただ乱雑に入組んでいて、たちまち林に入るかと思えば、たちまち野に出るというような風である。それがまたじつに武蔵野に一種の特色を与えていて、ここに自然あり、ここに生活あり、北海道のような自然そのままの大原野大森林とは異なっていて、その趣も特異である。』
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by hiro-0941 | 2007-03-23 22:58

久々の遠征

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 念願であったキレンジャクを撮影できた。しかもなんと花絡みで撮影できたこれほど嬉しいことはない。
 暖冬異変であったこのシーズン野鳥写真家の仲間たちは、「かなりの珍しい冬鳥が期待できるぞ」といって居ったが、アカウソから始まり、その後は何の音沙汰もなかった。これでもう弥生三月だ、冬鳥はもうないのかと思いきやなんと兼ねてより念願だった。キレンジャクが出てきた。取り急ぎ車を走らせ、一路現場へ。
 本日撮影できたこと、関係者諸兄に深く感謝申し上げます。画像の整理が追いつかないほど、駄作を撮ってしまった。機会がある度に掲載することにする。如何せん今日は疲れた。
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by hiro-0941 | 2007-03-21 21:27 | 野  鳥

夕焼けのなか   コミミ飛ぶ

 ホームページ・ブログ何処彼処もコミミズクがブーム私も負けじとトライしてみたが如何せん思うように行かない、柳の下には同じものはまたとない。
 
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 黄昏のなかフワフワと飛ぶ何ゆえにか、ねずみが大好物だそうで。本当に実に面白い愉快といえば愉快だ。。これだから野鳥を見る人も写真の人もやめられないのだろうか。

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名刺にも懲りずにこのコミミの写真を使っている。お気に入りだ、この鳥にはこのような光加減が合うのではないかと勝手に思い込んでいるが。写真にもっとも大切な光を尊大ぶって待ちすぎていつも失敗ばかりをやらかしてしまう。自画自賛をお許しを。しかし、この鳥は実に面白い形をして飛ぶのだ、まるでどんぐりが飛んでいるようだ。
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by hiro-0941 | 2007-03-19 22:56

里山   ミヤマホウジロ

真冬の小高い山の池、木々の合間より洩れる光に美しさを彩る小鳥も居るものだ。

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 どんぐり  『北原白秋』

どんぐりの實(み)の夜(よ)もすがら
落ちて音するしをらしさ、
君が乳房に耳あてて
一夜(ひとよ)ねむればかの池に。

どんぐりの實はかずしれず
水の面(おもて)に唇(くち)つけぬ
お銀小銀のはなしより
どんぐりの實はわがゆめに。

どんぐりの實のおのづから
熟(う)れてなげくや、めづらしく、
祭物見(まつりものみ)の前の夜(よ)を
二人ねむれば、その胸に。

どんぐりの實のなつかしく
落ちてなげけば薄(うす)あかり、
かをる寢息(ねいき)のひまびまや、
どんぐりの實は池水に。
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by hiro-0941 | 2007-03-13 22:05

恋歌の筑波山   オオマシコ

 久々に筑波山などに行ってみた。他愛の無い山と思っていたが、今回は条件が違っていた、オオマシコという鳥がいるというので、温泉宿もあるので一泊した。
男山、女山というのがあり、二つの山で構成されている、そもそもこのことが発端でよく詩に歌われたという話だ。

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『筑波嶺の さ百合の花の夜床にも 愛しけ妹ぞ昼も愛しけ』  

『橘の下吹く風のかぐはしき 筑波の山を恋ひず あらめかも』   万葉集

『筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる』  百人一首
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by hiro-0941 | 2007-03-13 00:26

紅葉岳樺の映える水面    カワガラス

 萱葺き屋根の見事なある宿に泊まった時、岳樺が見事に紅葉していた。それは銀杏の紅葉とはまた違って趣があり、雄大かつ荘厳さがあるのだ。

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 『真直(まっすぐ)な路で両側とも十分に黄葉した林が四五丁も続く処に出ることがある。この路を独り静かに歩むことのどんなに楽しかろう。右側の林の頂(いただき)は夕照鮮(あざや)かにかがやいている。おりおり落葉の音が聞こえるばかり、あたりはしんとしていかにも淋しい。
 前にも後ろにも人影見えず、誰にも遇(あ)わず。もしそれが木葉落ちつくしたころならば、路は落葉に埋れて、一足ごとにがさがさと音がする、林は奥まで見すかされ、梢の先は針のごとく細く蒼空(あおぞら)を指している。
 なおさら人に遇わない。いよいよ淋しい。落葉をふむ自分の足音ばかり高く、時に一羽の山鳩あわただしく飛び去る羽音に驚かされるばかり。』
                                     
                                      国木田独歩『武蔵野日記』より
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by hiro-0941 | 2007-03-11 14:32

雪の信州へ    コガラ

 ベルベット(ビロードとも言うのか)のベレー帽ーをかぶったような、なんとなく女性を思わせる仕草が、これまた愛くるしい小鳥だ。

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 『大空をふり仰いで、輝かしい光とるり色とを、開けひろげた魂の奥底まで吸いこんだものである。
 思えば、女の姿とか、女の愛のまぼろしとかは、そのころほとんど一度も、はっきりした形をとって心にうかんだことがなかったようである。しかしわたしの考えることのすべて、感じることのすべてには、なにかしら新しいもの、言いようもなく甘美なもの、女性的なもの……に対する半ば無意識な、はじらいをふくんだ予感がひそんでいたのだった。 』
                                           ツルゲーネフ『初恋』より
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by hiro-0941 | 2007-03-11 11:46

里山の夕間暮れ  コミミズク

 真冬の夕方、本当は寒いのだが、この暖かな夕日の光に包まれると、のんびりとした里山の風景が思い出されてならない。

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 早朝からの野良仕事の帰り道、農夫がどこかで藁を焼き黄昏のなか遠くに煙がたなびく、今日のこの一日、農夫たちが黄昏る夕日のなか一日に感謝しつつ、互いを労わるかのように夫婦も明日への豊年満作を祈願し家路に着くのだ。私の育った田舎の風景が思い出されてしまった。
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by hiro-0941 | 2007-03-07 22:50