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オリオン座         於、白馬

白馬のスキー場を眺める定点より、オリオン座を望む、この夏、近いうちに行って見よう、レンゲツツジが咲いているだろうか。

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  小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ

  緑なす蘩蔞は萌えず 若草も藉くによしなし

  しろがねの衾の岡辺 日に溶けて淡雪流る

                             『島崎藤村』   千曲川旅情の歌
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by hiro-0941 | 2007-06-26 00:28

仰ぎ見ん        月

太古の昔より、太陽とともに正確無比に軌道を外さず、地球上に現れ万人に愛されたであろうこの地球外の星、月・・・語れる話は汲めども尽きぬほどであろう。今年の夏もどこぞで風情のある月を眺めたいものよと思いつつ一日が終わる。



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『夏は、夜。月の頃は、さらなり。闇もなほ。蛍の多く飛び違ひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。』   枕草子
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by hiro-0941 | 2007-06-25 23:46

普遍の輝き     月

先日、大菩薩峠の小屋にて、友人達と酒を飲みながら、夜空を眺め、語り耽った。

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 『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ』

平家物語の有名な一節。時の流れ悠久の普遍性。なんと人間社会のこの己の生き様も小さきことよ、その中でもがきながら生きるのがこの人間社会なのだろう。
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by hiro-0941 | 2007-06-21 23:08

悠久の流れ      馬頭星雲

遠くを、遥か遠くを眺めていた、時の流れが緩やかに静かに流れてゆく。きらめく星座、星辰の瞬きが、夜のしじま(静寂)を彩る。
田舎の夏祭り、田舎の夏は短い、浴衣に下駄を鳴らしての帰り道、お下げの髪を解き洗い上げた黒髪が、夏の夜空に石鹸の香りとともに微かに揺れていた。何処となく甘酸っぱい想いが、わが胸をキューンと締め付ける。浴衣の袖が、触れ合い、手を繋ぎときめきのなか遠花火を見ながら何度も何度も頷いたなつかしの夏祭りの夜・・・。


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もうすぐ田舎の夏祭りだ。その懐かしのお下げの娘も、この夏は、孫を連れて盆踊りを踊っているに違いない。
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by hiro-0941 | 2007-06-20 23:04

天空の彼方         M42

 古来よりこのさんざめく星星を見つめ眺めつつ、思案もし何らかの思いにいたった文人墨客達が数を知れずいたであろう。そしてその昔の哲人先哲も同じく夜空の星星を見つめていたに違いない。
イスラムのムハンマドも、イエスキリストも、はたまた、仏陀も、星たちに何かを思ったに違いない。これらをさらに超越した数億年前か、地球上の時間一秒が、一億年にも匹敵するようなとほうも無い悠久の時間の流れが、また永遠にかわらね普遍の神々もこの世界に現存するのであろう。私の若い時から魅力を感じ心をひきつけて離さない世界だ。

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漆黒の暗闇の中に大自然の最高の芸術、この銀河の大星団の中に誰人か其処に、いずこにかおわしますであろう。妄想ではなく、第2の生命体、いや第3の生命体が存在しておかしくは無いのだと常々思いつつ外はやや白々としてきた。

     
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by hiro-0941 | 2007-06-13 22:58

遥かなる銀河          M81

先日、甲府から塩山さらに勝沼ワイナリーから大菩薩峠と、新緑の甲斐路をめぐった。甲府には、緑ヶ丘運動公園近くに仕事の関係で一年半ほど滞在したことがあってか、時折訪ねては懇親を深めている方々が居られる、早いものでもう二十・二三年になろうか。


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舞茸やシメジ、しし料理に舌鼓を打ち、昇仙峡へ繰り出し久々の観光気分、深夜星を眺めるために再び昇仙峡へ。
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by hiro-0941 | 2007-06-13 22:16

初夏と青葉               キビタキ

所用にて甲府一日在、何処へ行っても青葉が眩しく輝き、目に染み入る。一日爽やかに過ごす。終ぞ書くのを忘れてしまったのが、大楠公の歌、青葉を見るたびに思い出されるのはこの歌だ。楠木 正成・正行の話これを美談と称する人もいるのだが、楠木 正成の所業の賛否はいずれにせよ、桜井の別れ、太平記の中の話である。

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堅い話で恐縮だが、楠木 正成が自ら討ち死に戦場へ向かう、息子に朝廷に忠誠を誓えよと後顧の憂いを残す壮絶な話である。私は戦争や戦いを賛美するものでもないことをあえて強調しておきたい。この話には恋愛ものは存在しない、ただ男の人生の広大なロマンを感じてならない。機会があれば詳しく論じてみたいと思う。

一 青葉茂れる桜井の
  里のわたりの夕まぐれ
  木この下陰したかげに駒とめて
  世の行く末をつくづくと
  忍しのぶ鎧よろいの袖のえに
  散るは涙かはた露か

二 正成涙を打ち払い
  我子正行呼び寄せて
  父は兵庫におもむかん
  かなたの浦にて討ち死にせん
  いましはここまできつれども
  とくとく帰れ ふるさとへ

三 父上いかにのたもうも
  見捨てまつりてわれ一人
  いかで帰らん帰られん
  この正行まさつらは年こそは
  いまだ若けれもろともに
  おんとも仕かえん死での旅

四 このひとふりはいにし年
  君のたまいし物なるぞ
  この世の別れの形見にと
  いましにこれを贈りてん
  行けよ正行まさつらふるさとへ
  老いたる母の待ぢまさん
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by hiro-0941 | 2007-06-05 00:26

五月の雨     コアジサシ

この五月雨というのは、年々、歳を重ねる度に、違った情景で見えてくる、雨そのものは、ロマンスを感じる時もあれば、冷え冷えとしてしまう雨もある。そんななかの五月雨は、新緑をよりいっそう鮮やかに輝かせる、何か冴え冴えとした絵空事も消えゆく雨である。

八十八夜も過ぎた頃、季節は日々に暖かく朝夕ともに過ごしやすい。木枯らしの日々とは違って、『機織の手が冷たくならないわ』と・・・幾年かの過ぎし日々、機織し君の後れ毛が、セピア色の世界に蘇ってくる。

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恋と云ふ欲のみ生きて自らと云ふたのもしきものは死に行く

初夏の夕ぐれの庭わが前をかずも知られずしら玉はしる      『与謝野晶子』
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by hiro-0941 | 2007-06-02 00:25

新 茶         コアジサシ

 先日の里山のあるじ(主)から、新茶を頂戴した。まさにまろやかな味わいだ、ほのかな渋みが口の中に広がるなんともいえぬ清涼感大自然の恵みを体に深く感じる一時である。、嗚呼!お茶とは・・・。少しばかりのタラの芽のてんぷら等にこの新茶を塗して食するのも美味なもの、何処と無くこの時ばかりは日本人であるとのDNAが感じてならない。

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 底深い群青色の、表ほのかに燻りて弓形に張り渡したる眞晝の空、其處には力の滿ち極まつた靜寂の光輝があり、悲哀(かなしみ)がある。

 朝燒雲、空のはたてに低く細くたなびきて、かすけき色に染まりたる、野に出でて見よ、滴る露の中に瓜の花と蜂の群とが無數に喜び躍つてゐる。

                                                  『若山牧水』
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by hiro-0941 | 2007-06-01 23:40