武蔵野路               ヤマガラ

武蔵野は錦秋色に染まっていました。昔お世話になった皆さんにお会いし、お変わりなき皆様に感謝。



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  『 武蔵野の萩わけゆけばわが袖に結ふとしらで結ふ露哉 』   

  『 むさしののしののをすすきかたよりになびけば残る有明の月 』  子規
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# by hiro-0941 | 2014-12-08 17:18

山茶花梅雨            かわせみ

 毎年の事だが、冬になる前にお会いしたく・・・・。と・歌の文句ではないのだが、もう学生時代からになるかな四十年来のお付き合いの友人、北信の小さな宿の女将からの葉書が届いた、いつもと違った薄墨色の喪中のご挨拶、八月の末に八十六歳の大女将の母が亡くなりました、とあった。もう十七年にもなるかな毎年十月末から十一月に宿泊の予定をしていた、少し長くなったがお悔やみと共に来年の五月にとの約束の手紙を出した。この時期にこのような手紙を拝すれば、晩秋深き今宵・・・・人の成せる一生とは・・・・感慨無量なり

   『 しづけさは死ぬるばかりの水がながれて 』  山頭火

 

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このカワセミの写真は、十三・四年前のもの現在のように野鳥家のカメラマンがまだ少なかったころ、ネットの掲示板や、ホームページ・ブログなどがこんなに華やかではなかった頃、一時は有名な場所となり・・・・かなりカメラマンが多く公園管理者や散歩の方々に大変ご迷惑がかかった時があり、もう落ち着いたのか先頃のぞいたら数人のカメラマンの方々で、メンバーも入れ替わり悲しいかな私を知る人は誰人もおりませんでした・・・・、寂しいかな、しかし実に静かでよかったです。
 
少し前までは汗ばむような陽気であり道路(みちみち)の先々には金木犀が咲き香り、その香りもいつしか消え、めぐりくる季節が静かに進みつつあるのを感じる、その武蔵野の大地も今や晩秋深く金秋に染まりつつある。先日の天気予報では低気圧の通過により雨の予想・・・この時期に降る雨が私は大好きなので、もみじ葉が雨にぬれゆく、山茶花が散る山茶花時雨の風情を楽しもうと思い、武蔵野路を探してみたいと思いつつ、その秋を満喫したく古き武蔵野の面影が色濃く残る赤レンガのカフェ五日市街道沿いから奥多摩へとドライブをした。雨ではなかったが、街道はすでに錦秋に染まっていた。
    

   『 このみちやいくたりゆきしわれはけふゆく 』   山頭火
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# by hiro-0941 | 2014-11-17 22:09

中秋の名月             コルリ

夕月・・・先日の中秋の名月は大きく立派であった、我が家の窓より時折雲の合間より除き見せる十五夜の月夜であったが、雲隠れとは残念であった、二、三年振りかで自宅から見たであろうか、この大きく見える月、マスコミなんぞはスーパームーンと言っているが、日本文学をこよなく愛する私には何か味気ないように聞こえる、この月の満ち欠けの表現は古来より、十三夜・十五夜・十六夜等々の呼び名がある。
 この美しい表現をスーパームーンと表現するのは聊か日本文化・文学が失われつつあるように思えてならない。この月そのものは、地球の軌道が寄り月に近づくことによっておこる現象であり、特にその昔は、大気そのものも空気が澄んできれいであり、高層建築物などもない、したがって夕刻地平線から、あるいはお城の向こうから昇り見える大きな満月は、何か事の重大な異常さを知らせるかのように見えたに違いない。
 しかして翌日、十六夜の夕刻六時か七時頃東の空低く赤く輝く十六夜の月が、もうすっかり忘れていた赤い夕月・・・・何年振りかいや何十年ぶりかもしれない、しばし足を止めて、ビルとビルの合間より見える光景に酔いしれ、・・・・何か知らないが年甲斐もなく胸がキュンと・・・・何だろうか解らない・・・・・、近し遠しの思い出の中の何かなのか、思うことはことのほか多く・・・・。


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 我が家に帰り着く頃は十六夜の月はもう屋根の上にまで上がっていた、私の家の小さな門扉を開ける音と同時くらいに、平素から何かにつけてお世話になっている、斜向かいの親爺殿のお上さんが台所の窓越しに、いつもの割烹着姿で私を呼びとめ『今晩は、珍しくお早いですね、家(うち)の人がよかったら一杯どうですかと、』ありがたく二つ返事で、簡単にシャワーを浴びて伺った・・・・。
 親爺殿いわく、いやいや昨日が中秋の名月だがとりあえずいっぱいどうですかと、さんまの刺身・サザエの壺焼き・サザエの刺身と肝のしょうゆ漬け・・・秋田の純米酒「北鹿」これが毎度のこと美味い、なんと贅沢なことか月夜の晩に思いもかけぬ御馳走を頂いた。もう今年で七十八になるはずだが相変わらずお元気な親爺殿は秋田角館の在所で、つれあいのお上さんは確か七十四か五になると思うが、千葉の富浦の在所である。
 ご夫婦には子供がいないためか、私たち一家がこの地に居を構えてから以来二十数年、家族ぐるみで犬と子ども達、ともどもにお世話になってきた。お上さんの実家が千葉の富浦というところで夏には子供たちが小さい時には何度も連れていってくださった。小さな漁港もあり海の幸には困らないその為、いまでもそうだが季節の魚の類は毎度の如くお裾わけで頂戴した。
 酔いも十分に回ってくるといつもの親爺殿の口癖が始まる・・・おれは秋田角館の出だがこのかけてある絵がかの有名な秋田県を代表する日本画家福田豊四郎の絵なんだ、無論本物だ、なんとか鑑定団に出しても恥ずかしくない、たぶん数百万はするだろうウガァハハハハァ・・・・、わしらが老人ホームに行くようになったら君の家に飾ってくれ、と、田舎の雪の農村風景のようだが、数百万はどうかはしらねどもいつかは調べてみようと思いつつもついぞ忘れていた。
 さんざんご馳走になり帰り際に、「いつかまた上さん達いない時に、くさやで一杯やろう」と。親爺殿は耳打ちしてきた。
 福田豊四郎の件文献によれば、「新しい日本画を創り出すため、さまざまな空間表現などの問題に積極的に取り組み、近代的で独創的な作品を生み出し、革新的でありながら郷土色豊かな豊四郎の作品は日本画界を牽引した。」と、
そして豊四郎は晩年「我が歌はふるさとの歌」と題する詩のようなものを書いている。その中には『ふるさとは、はるけし、ふるさとは樹々深き山、緑ひらく草野、雪つつむ冬野、囲炉裡けむたき家、年老いし父よ、母よ、幼なかりし夢、ふるさとは我が胸にあり、独り歌はめ。』の一節。この福田氏は終生我が郷土を愛したのである。

なにはともあれ、長々と書き連ねたが、くさやで一杯が待たれる。
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# by hiro-0941 | 2014-09-14 21:49

行き合ひの空             コルリ

九月八日

本日は日曜日と言うのに生憎の雨である、早朝5時を回った頃か雨だれの音が激しく眼が覚めてしまった、九月ともなれば朝の5時はもう暗いだんだんと日の出日の入りが短くなる、この雨を境に秋が近づきつつあるとよい。
 先頃の事であった、昨年もそうであったが、今年も異常なほど夏は暑かったが・・・・例年夏は暑ければ暑いなりにビールをよく飲んだ、暑さに負けぬ様これでもかと阿修羅のごとく、ビアガーデン・小料理屋へと足繁く通った。
 そんな中でも思うことはこの二・三年異常気象の夏であるが、その昔もかなり暑かった、と・・・・、
徒然草には『家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。』
その昔、兼好法師が住んでいたのは京都であり、その気候(極簡単に言えば盆地気候=「夏は猛暑、冬は酷寒の気候」)・・・・約7百年前とはいえ耐えがたき暑さであったと、異常気象や災害・地震も千年七百年単位の何かかあるのだろうか・・・・。酒飲みでも少しは考えるところある。
 ふと気がつけばこんなに涼しくなり、日中は暑さえあるが時折吹く風はもう秋の気配、夕餉の一杯も終わり、お隣の庭先で秋の虫が鳴いたかなと、・・・・・。どことなく少し気落ちし何もないのだが振り向いて見れば何か大きな忘れ物をしたかのように感ずる、日本の夏は短いあっという間に終わった。


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表題として書いた『行き合ひの空』・・・・。日本の四季を表現するなんと素晴らしい言葉だ、古くは七夕の織り姫と彦星の二星が、出会う空の事を指す、四季の中の季節が入り混じった時の空模様をこのように表現すると言う、ちょうどこの時期の空模様の事である。


「みなづきのつごもりの日よめる
     夏と秋とゆきかふ空のかよひぢは
                かたへすずしき風や吹くらむ」  『凡河内躬恒』
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# by hiro-0941 | 2014-09-07 12:04

叶わぬリベンジ     ホオアカ

大曲の交差点を過ぎ、しばらく行くと左の折れ曲がる交差点に出るその下り坂をゆっくりと家々の垣根を見ながらゆけば、そこかしこに紫陽花の花が・・・・・そして懐かしい若い頃からお世話になった友人の家が見えてきた。垣根越しの鮮やかな紫陽花を二(ふた)枝分けて頂く・一息入れてからが、積もる話も多くいつしか夕刻になってしまい取り急ぎ車にて一路芦ノ湖へ・・・・・。

先頃友人たちと毎年恒例の芦ノ湖バンガローへと向かった、近くの高原に立つビュッフェにて待ち合わせ空気がきれいな時間に夜の星々を眺めようと向かったのはよいがあいにくの小雨模様となり霧まで出てしまっていた、時計はもうすでに日付が変わろうとする刻限、友等が集まるまで車内にてカーラジオを聞く、私のこの古い車のカーステレオというかカーナビは地方にゆくと電波受信がよくない、私の設定の仕方が悪いのかもしれないのだがなんとも、・・・・そのラジオよりザー・・・・ザッ・・ザー・・・ザッザーと雑音の中より聞こえる先般亡くなられた俳優の蟹江敬三氏の朗読、中原中也の『山羊の歌』の中の「汚れちまった悲しみ」・・・深夜NHKのラジオ番組深夜便より流れている、少し遅れてきた友が買ってきたビールを飲みながら小さな狭い空間の車内でも久々に中原中也の『山羊の歌』と題する世界に身を委ねた・・・・。心地よい一夜となった。



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汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

中略

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……

芦ノ湖の湖畔はこの時期朝夕は寒さを覚えるが日中は涼やかな高原のロッジから二泊の旅をして家に帰れば、東京の蒸し暑い梅雨空の現実が待っている。ふと思い出された私の大好きなある人の歌がある。以下に記す。

『 日暮里の 線路工夫や 梅雨の朝 』
『 朝寝して 寝返り打てば 昼寝かな 』      

風天  との俳号を持つ  『 さくら幸せにナッテオクレヨ寅次郎 』
と歌う・・・国民的俳優・渥美清その人。私は取り分け「 朝寝して寝返り打てば昼寝かな 」が大好きである。
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# by hiro-0941 | 2014-06-22 22:55